大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和60年(ラ)36号 決定

抗告人(債権者)

日本自動車機器株式会社

右代表者代表取締役

大野豊

右代理人弁護士

佐治良三

太田耕治

渡辺一平

尾関孝英

相手方(債務者)

株式会社広島ユアサ

右代表者代表取締役

工藤武

第三債務者

森安自動車株式会社

右代表者代表取締役

森沖昭子

第三債務者

株式会社モンテカルロ

右代表者代表取締役

森田浩一

第三債務者

株式会社カーソゴー

右代表者代表取締役

下向弘

第三債務者

三原オートクーラーこと

升田幸男

第三債務者

大平電機こと

大平孝幸

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二そこで検討するに、当裁判所も、抗告人の本件仮処分申請を却下すべきであると判断するが、その理由は、原決定の理由説示と同じであるからこれを引用し、次のとおり補足する。

動産売買の先取特権ないしこれに基づく物上代位権は、目的動産について追及し他の債権者に優先して弁済を受けることができる権利であり、その優先権を実現するためには、債務名義がなくても担保権実行としての競売手続による換価満足をうけることができるが、将来の実現としての債務名義による強制執行を保全するための保全処分を求めることができるかについては、疑問がないではない。動産の先取特権ないしこれに基づく物上代位権を有する売主は、目的動産が転売された場合、買主が転売代金債権を取り立て、処分し又は転買人が買主に転売代金を支払う前に、先取特権の存在を証する文書を執行裁判所に提出して、転売代金債権に対する差押命令を得る方法、又は配当要求をする方法により、先取特権ないしこれに基づく物上代位権を行使することができるが(民法三〇四条、民事執行法一九三条、一四三条、一五四条)、動産の先取特権ないしこれに基づく物上代位権は、買主が目的動産を他に転売してその転売代金債権を取り立て、又はこれを他に処分し、もしくは転買人(第三債務者)が転売代金を買主(債務者)に支払うのを禁止(差止)する実体上の効力をもたないから、売主は先取特権ないし物上代位権を被保全権利として仮処分を求めることはできない。すなわち、動産売買の買主は、転売代金債権に対する差押えがあるまでは、自由に転売代金債権を取り立て又は処分することができ、その結果、物上代位の目的動産が減失したとしても、先取特権者たる売主に対する関係においてはなんら義務違反等を構成するものではなく、先取特権ないしこれに基づく物上代位権により、買主が目的動産を他に転売してその転売代金を取り立て、又はこれを処分し、もしくは転買人(第三債務者)が転売代金を買主(債務者)に支払うのを禁止(差止)する係争物に関する仮処分等仮処分を求めることはできないと解するのが相当である。

もし、民事執行法一九三条一項所定の担保権証明文書を有しない先取特権者が先取特権ないしこれに基づく物上代位権により、将来の実現としての債務名義による強制執行を保全するため、目的動産の処分禁止等の仮処分により、買主の転売代金債権の取立て、処分又は転売人から買主への支払をあらかじめ禁止することができると解すると、実質的には差押前に先取特権ないし物上代位権により、本来自由とされている買主の取立て、処分又は転買人の支払を禁止したのと同様の効果を取得させることになり、延いては先取特権者にその実体上の地位以上の保護を与え、仮差押え等の保全手続と差押え等の担保権実行手続との二重の救済を与えることになる。もつとも、先取特権ないし物上代位権を被保全権利とする仮処分を許さないと解すると、担保権証明文書を有しない売主は、競売申立ても配当要求もできないだけでなく、買主が自己の代金支払債務を履行しないまま売主の物上代位の目的である動産を滅失させるのを阻止できない結果を招き、延いては実体上の優先権等権利を封殺することになりはしないかとの疑いがないではない。しかし、もともと先取特権には沿革や制度的理由が異なるものがあるが、動産売買における先取特権者の実体上の地位が債権の回収にあたり物上代位性をもつ優先権を与えるものであることのほか、先取特権の物上代位が払渡し又は引渡し前に差押えをすることを要するものとされているところ(民法三〇四条)、担保権の行使としての物上代位による差押えその他行使手続には担保権証明文書を提出してしなければならないものとされ、それ以外に債務名義を要しないとされ(民事執行法一九三条二項、一六七条、一四三条)ていることを考え合わせると、物上代位権は民事執行法の定める手続によつてのみ行使することができ、その行使により物上代位の対象の特定性を保持し、これにより物上代位権の効力を保全することができるというべきである。このように解することは、先取特権者による物上代位権行使の制度趣旨を失わせるものではないと考える。

三よつて、抗告人の本件債権仮処分の申請を却下した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官村上博巳 裁判官滝口功 裁判官矢延正平)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

債務者らは、第三債務者らから、別紙債権目録記載の債権を取立て、又はこれについて譲渡、質権の設定その他一切の処分をしてはならない。

第三債務者らは債務者に対し、右債務を支払つてはならない。

旨の裁判を求める。

抗告の理由

一 原決定は、債権者(抗告人)の、債務者(相手方)から第三債務者らに対する売掛金債権について、動産売買の先取特権の物上代位権が、一応認められるとしながら、本来の先取特権の効力からして、転売や代金の回収を禁止する効力はないのであるから、被保全権利を欠くとしている。

しかし、右見解は全く不当であり、先取特権の性質及び仮処分の性質を誤つたものであり、取消されるべきである。

二 先取特権の物上代位権者は、債務者より第三債務者らに対する特定の債権に対し、直接担保権を有し、優先的に弁済をうけることをみとめられている。したがつて、この権利を保全にするに必要不可欠な範囲で附随的な権能が認められるべきは当然であり(注釈民法八巻、九五頁は侵害に対する保護は当然認められるべきとする)、通常時においては(債務者が正常に活動し、返済も正常にしており、先取特権の被担保債権が返済される蓋然性が高い場合)、先取特権者は、右の先取特権の対象たる債権に対し、取立ての禁止等の求めることは、出来ないが、危機時には(債務者が支払いを停止し、先取特権の被担保債権も正常に返済されるとは考えられない場合)、必要がある場合は取立ての禁止等も認められるというべきである。このことは抵当権や譲渡担保権においても全く同じである。抵当権は、担保権であり、目的たる物の価値さえ把握していれば充分であり、目的物について、通常は何等制限する機能はないが、毀損する等の場合は、直接、差止めることが出来る。これと同様、先取特権についても権利の実現に必要不可欠な機能は認められるべきと考える。

三 なお、本件は先取特権の物上代位の場合であるが、先取特権そのものの場合、この実行に必要不可欠な場合、目的動産の引渡し請求権も認められるべきと考える。この点について、民事執行法第一九〇条において動産競売の実行について、占有か差押の承諾文書が必要とされたため、(従前は不用とされていたものが)もし、引渡し請求権が無いとする時は、先取特権そのものの実行がおよそ不可能に等しい(債権者が占有している等ということはおよそ考えられないケースであり、また債務者が承諾するというのも極めて希なケースである。そして権利の実行が債務者の恣意により、決定されてしまうということも、およそ不当な事態である)こととなつてしまう。しかし、右の執行法の改正は、先取特権のそのものについて、ニュートラブルであり、先取特権の効力自体を特に弱めようとされたものではなく、ただ執行法を明確にしたに過ぎないものである。したがつて、権利を実質上無意味なものにしてしまうような解釈はとるべきではなく、執行法に占有の取得が要件とされた以上逆にむしろ動産先取特権より直接に引渡し請求権が発生すると解釈するべきが当然であると考える。(もし、そう解釈しないと結局動産売買先取特権を否定したと等しい立法となる。それなら何故手続き法の改正などという裏口でなく、もつと正面から動産売買先取特権の存在意義を議論し実体法の改正をすべきである)

四 また、仮に、先取特権の物上代位そのものによつては、直接取立てをしたり、あるいは支払いを禁止する権能がないとしても、そのことは本件仮処分が不可能であることを意味しない。本件申請にかかる仮処分は、いわゆる係争物に関する仮処分であり、債務者より第三債務者に対する特定の債権について、債権者が有する動産売買先取特権の物上代位権を保全するために、目的たる債権の現状を変更せず、右先取特権の将来の実現に必要な範囲において、取立てや回収の禁止を求めることは許されると解するべきである。(大阪高等裁判所決定昭和六〇年二月一五日、判例タイムズ五五四号三二三頁)。

五 以上の通り、動産売買先取特権を否定してしまうがごとき、原決定は不当であり、破棄された上で仮処分を認める決定を賜りたく抗告するものである。

債権目録

一 第三債務者森安自動車株式会社に対する債権

金一〇〇、二〇〇円

ただし、債務者が第三債務者に対し、別紙売上一覧表第一記載のカーエアコン、カークーラーおよびこれらの部品を同一覧表記載の出荷日に売渡したことによる売掛金債権の内頭書記載の金額

二 第三債務者株式会社モンテカルロに対する債権

金二二九、八五〇円

ただし、債務者が第三債務者に対し、別紙売上一覧表第二記載のカーエアコン、カークーラーおよびこれらの部品を同一覧表記載の出荷日に売渡したことによる売掛金債権の内頭書記載の金額

三 第三債務者株式会社カーソゴーに対する債権

金一六二、〇〇〇円

ただし、債務者が第三債務者に対し、別紙売上一覧表第三記載のカーエアコン、カークーラーおよびこれらの部品を同一覧表記載の出荷日に売渡したことによる売掛金債権の内頭書記載の金額

四 第三債務者三原オートクーラーこと升田幸男に対する債権

金四一六、一三〇円

ただし、債務者が第三債務者に対し、別紙売上一覧表第四記載のカーエアコン、カークーラーおよびこれらの部品を同一覧表記載の出荷日に売渡したことによる売掛金債権の内頭書記載の金額

五 第三債務者大平電機こと大平孝幸に対する債権

金三一〇、六〇〇円

ただし、債務者が第三債務者に対し、別紙売上一覧表第五記載のカーエアコン、カークーラーおよびこれらの部品を同一覧表記載の出荷日に売渡したことによる売掛金債権の内頭書記載の金額

一ないし五の合計 金一、二一八、七八〇円

《参考:原決定》

〔主   文〕

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

〔理   由〕

一 本件申請の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

二 疎明資料によれば、債権者が債務者に対し、別紙売上一覧表記載のとおりカーエアコン等を売り、これを第三債務者らに直送することにより引渡したこと、債務者が第三債務者らに対し、そのころ、別紙債権目録記載のとおり右商品を転売したこと、従つて債権者は債務者に対し、右商品売買の先取特権を取得し、債務者の第三債務者らに対する右転売代金債権につき物上代位をなしうる地位にあることが一応認められる。

三 そこで右先取特権(物上代位)を被保全権利として、右転売代金債権の取立、譲渡等の禁止を命ずる仮処分をなしうるかについて判断するに、元来動産売買の先取特権は買受人(債務者)が買い受けた動産を第三者に転売すること、また債務者が転買人(第三債務者)から転売代金を回収しあるいはこれを他に譲渡することを債権者において禁止する効力を有するものではなく、このことは右先取特権に基づく物上代位権も同様であるから、本件申請は被保全権利を欠くものというべきである(東京高裁昭和六〇年一月一八日決定・判例時報一一四二号)。

四 そうすると、保全の必要性について判断するまでもなく、本件申請は理由がないのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官太田雅也)

申請の趣旨

債務者は、第三債務者らから、別紙債権目録記載の債権を取立て、又はこれについて譲渡、質権の設定その他一切の処分をしてはならない。

第三債務者らは債務者に対し、右債務を支払つてはならない。

申請の理由

(被保全権利)

一 債権者は債務者に対し、別紙売上一覧表記載の通りカーエアコン、カークーラー及びその部品(以下カーエアコン等という)を売渡し、合計金一、二一八、七八〇円の売掛金債権を有している。

なお、右の売掛金は、本件申請にかかる分だけであり、総債権は約二二五〇万円にもなる。

しかるところ、右売掛金債権は未だ支払いを受けていない。

二 債務者は右の買い受けたカーエアコン等を別紙債権目録記載の通り第三債務者らに対し転売し、第三債務者らは債務者に、別紙債権目録記載の買掛金債務を負担している。

三 よつて、債権者は、債務者が第三債務者らに対して有する別紙債権目録記載の債権について、動産売買の先取特権(物上代位)を有している。

(保全の必要性)

四 債務者は、昭和六〇年七月三一日に手形の不渡りを出し、同年八月五日に広島地方裁判所に対し自己破産を申請し、事実上倒産した。よつて、前記の債権者より債務者に対する売掛金債権について任意支払いを受ける可能性はなくなつた。

よつて債権者は、別紙債権目録記載の債権に対する動産売買の先取特権を行使し、弁済を図る所存であるところ、先取特権の担保権を証する文書について、現在、債権者が所持している文書だけでは、証するといえないとされる場合が考えられるので、債権者としては、債務者を被告として右動産売買先取特権(物上代位)の存在することの確認訴訟を提訴する所存であるが、この訴訟の確定までには、相当の期間を要することが予想される。一方債務者は、倒産の混乱にあり、本件債権についてこれを回収したり、譲渡する等の行為をするおそれがつよいところ、そうなれば右訴訟に勝訴してもその執行は不可能となる。よつて、申請に及ぶものである。

債権目録

一 第三債務者森安自動車株式会社に対する債権

金一〇〇、二〇〇円

ただし、債務者が第三債務者に対し、別紙売上一覧表第一記載のカーエアコン、カークーラーおよびこれらの部品を同一覧表記載の出荷日に売渡したことによる売掛金債権の内頭書記載の金額

二 第三債務者株式会社モンテカルロに対する債権

金二二九、八五〇円

ただし、債務者が第三債務者に対し、別紙売上一覧表第二記載のカーエアコン、カークーラーおよびこれらの部品を同一覧表記載の出荷日に売渡したことによる売掛金債権の内頭書記載の金額

三 第三債務者株式会社カーソゴーに対する債権

金一六二、〇〇〇円

ただし、債務者が第三債務者に対し、別紙売上一覧表第三記載のカーエアコン、カークーラーおよびこれらの部品を同一覧表記載の出荷日に売渡したことによる売掛金債権の内頭書記載の金額

四 第三債務者三原オートクーラーこと升田幸男に対する債権

金四一六、一三〇円

ただし、債務者が第三債務者に対し、別紙売上一覧表第四記載のカーエアコン、カークーラーおよびこれらの部品を同一覧表記載の出荷日に売渡したことによる売掛金債権の内頭書記載の金額

五 第三債務者大平電機こと大平孝幸に対する債権

金三一〇、六〇〇円

ただし、債務者が第三債務者に対し、別紙売上一覧表第五記載のカーエアコン、カークーラーおよびこれらの部品を同一覧表記載の出荷日に売渡したことによる売掛金債権の内頭書記載の金額

一ないし五の合計 金一、二一八、七八〇円

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例